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クスサンはなぜ大量発生するのか? その原因と巨大な蛾の生態を北海道と広島の事例から推測してみる

大量発生で話題になるクスサン

クスサンという大人の手のひらほどの蛾がいます。

日本最大クラスの蛾が多数いるヤママユという種類に分類され、蛾の中でも特に人気が高い種類です。

界隈では人気の高い蛾ですが、その大きさと大量発生する性質から一般の方には非常に嫌われています。

最近も北海道で大量発生し話題を呼びましたね。

今回は数あるヤママユの中でもなぜクスサンが大量発生するのかという理由を推測していこうと思います。

もちろん生態的な面も紹介していきますよ。

クスサンとはどんな蛾?

クスサンはヤママユガ科の蛾で、翅を広げた全長が10㎝を超えるような大型の蛾です。

発生は関東では9月下旬ごろから見られるようになり、秋を代表する蛾の一種といえます。

翅に眼状紋という特徴的な目玉模様を持ちます。口は退化しており、大人になってからは食事を一切取りません。

そのため幼虫は非常に巨大で大人の親指位の太さをし、長さも親指位あります。

クスサンの幼虫は青緑色のとげとげを持っており、体の横に並ぶ淡い緑の目玉模様が分かりやすいので種の同定はとても簡単です。

寿命は非常に短く、わずかな寿命で子孫を残すべく外灯などに集まり、効率的に交尾をします。

大量発生がやたらと目につきますが、今ではなかなか出会えない虫の1種だったりします。

他のヤママユガの仲間

ヤママユガ科ではクスサンサイズの巨大な蛾が複数見られます。代表的な種類を紹介します。

ヤママユガは不思議なことに出現時期がちょっとずつずれており、競合を避けているのかもしれません。

オオミズアオ


もっとも代表的な種類です。水色をした大変美しい色と可愛らしい尾のような後翅の突起が特徴的です。薄いですが目玉模様があります。

幼虫は主に桜の葉を食べ、ソメイヨシノが街中で見られることから平地でも見られることのあるヤママユの仲間です。発生は長く5月~10月頃まで見られます。

ヤママユ


科の名前になっている種類です。

黄色い体に赤い眼状紋が特徴的です。発生は真夏~晩夏の8月中旬~9月下旬頃で、クワガタの木でおなじみのコナラなどを食べます。

色彩変異が面白く、黄色のものから黒味の強いものがおり、発生初期の美しい個体を求めて採集してる方がいます。ただし関東の平野部などではかなり少ない印象です。

シンジュサン

画像はありません。それくらい出会えない希少なヤママユの仲間です。

翅が蛇に擬態しているというかなり面白い特徴があります。1度であってみたいものです。食草は珍しくないのですがなぜ会えないのでしょうか。

ヒメヤママユ


一回り小型のヤママユです。季節も遅く、10月上旬~11月上旬位まで見られます。

色合いがとてもユニークで、レンガのような色合いをしています。やはり色彩変異も豊富で、黒くなる個体は人気があります。幼虫はモミジなどで目にすることがあります。山地性で数は多くない印象です。

ウスタビガ


ヤママユに似た雰囲気を持ちますが、初冬の11月下旬ごろに見られるというかなり変わった特徴があります。

♂と♀で色合いが違い、♂は黄褐色、♀は黄色をしています。

地域によっては黒化するものがあり、やはり人気が高いです。

生態的な特徴

クスサンは5月頃に卵から孵り、食草を食べながら成長していきます。

成長スピードは速く、6月終わりごろになると写真の青い姿の巨大幼虫となります。

繭の写真はありませんが、透かし俵という文字通りスカスカの繭を作り、成虫になります。

成虫になった後は♂は触覚を用いて♀の出すフェロモンを感知し集合します。

クスサンに限りませんがヤママユの仲間は成虫になると食事をしません。そのため交尾できる期間が限られています。

♂の触覚はフェロモン感知のため太く櫛状になっており、♀は細くなっています。

これを利用し集合するため、仲間の集まっている場所に集まりやすい種類といえるでしょう。

交尾した後は自然に帰ります。体が大きいので動物たちにとってはごちそうです。北海道ではこれを食べる特定外来生物のアライグマが問題になっていましたね。

食草と大量発生の関連

クスサンの特徴を1つ挙げるなら食草の幅広さになるのではないかと思います。

基本的に幼虫の食草というのは決まっており、アゲハチョウの多くはミカンの仲間ですし、身近なオレンジのチョウ、ツマグロヒョウモンならパンジーなどのスミレ科を利用します。

他のヤママユ類の食草を例に挙げるとオオミズアオは桜などバラ科やコナラなどのブナ科、ヤママユはコナラなどブナ科、シンジュサンはニガキ(シンジュ)、ヒメヤママユはバラ科やカエデ科、ウスタビガはエノキやコナラで目にします。

いずれも複数の食草を口にはしますが、これらの大量発生はほとんど聞きませんよね。(シンジュサンの大量発生は見てみたい)

クスサンも食草は複数ありますがその食草の幅は20を超えると言われています。
(人気のオニグルミ)

食草の多さはその環境への定着しやすさに関わり、特に幼虫は餌資源の限り個体数を増やしていくことができます。

マイマイガやキアシドクガの事例


例を挙げますと北海道では同じく初夏にマイマイガという蛾の大量発生が話題に挙がります。

およそ8~11年周期で大量発生するというこの蛾はクスサンよりも凶悪で、外灯のLED化の元凶ともいえる虫です。

マイマイガも特定の食草ではなく、幅広い食草を持つ幼虫です。

情報ソースがwikipediaで申し訳ないですが、食用可能樹種は100~300種にも及ぶと言われ、世界の侵略的外来種に登録されているほどです。

とはいえこうした大発生は複合的要因によっておこるのでそれだげが要因とは言い切れません。

食草の幅を例に挙げましたが、そうでない大量発生の事例もあります。

みなさまおなじみキアシドクガです。

キアシドクガはミズキ科のみを食草としますが、神奈川県相模原市という平地の雑木林で大発生しました。

ここからは私個人の推測になります。

まず昆虫というのは食草のある限り増殖することが可能です。

キアシドクガの大発生は4~5年ほど続き、農薬などを使わず自然と収束しました。特に卵塊で産卵する蛾の仲間は性質上数が増えやすくなります。

年ごとに倍々ゲームのように増えていき、その個体数の増加は餌資源がなくなる許容量まで増加します。

食草のミズキが無限にあればキアシドクガは無限に増えます。

しかし雑木林は多数の木々からなるので、ミズキで育つキアシドクガの最大数はその場にあるミズキの数によって決まりますよね。

相模原のキアシドクガの場合3~4年目にはエリア全てのミズキ科がすべて食べられるほど発生し、その後多くが栄養不足に陥ることで自然と個体群維持できる数に戻りました。食草に制限があれば自然と治まるのです。
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クスサンの推測(私見)


クスサンの話に戻ります。

クスサンの大量発生はそのキーワードで調べると北海道ばかりがヒットすることが分かります。
(調べたらオオミズアオもありました。)

マイマイガの場合長野県や山形県、富山、岐阜、新潟など幅広い県が該当しますが、クスサンは北海道に集中しています。

このことから局地的な発生であることが推測できます。

他の場所にはなくて北海道だけで起こり得そうな要因としては季節の移り変わりの早さでしょうか。

前述の通りクスサンは本来1か月ほどの発生期間をもっています。札幌の気候は面白く、8月の下旬時点で夜間の気温が20℃とかなり涼しいです。

9月には平均16℃とかなり涼しくなるんですね。

季節がぎゅっと縮む分濃度が濃くなるのではないでしょうか?1か月で100匹発生するのと2週間で100匹発生するのでは密度は異なりますよね。

同じような事例は高地でも当てはまりますよね。

例えば草津やつま恋などの標高1000mを超える山中では5月終わりでも雪は残っています。

そして10月中旬ごろには雪の可能性が出てきます。

この6月から9月下旬までの期間で春~秋までが過ぎるので、昆虫や植物の入れ替わりも激しくなり様々な虫たちが限られた時期に姿を表します。

札幌以外でも大量発生しているが?


北海道においてクスサンの大量発生は毎年起こっているようではなく、今年は札幌、昨年は旭川市や上富良野、上川地方でも発生していたことが分かりました。
(北海道news webより)

このうち上川地方では今年は去年ほどの発生は見られないということが記事として出ており、マイマイガの事例のように食草の制限が理由となって翌年の発生が抑えられていることがうかがえます。

旭川も同様に今年は発生しているのか札幌に株を奪われているのか分からない程度には情報がありません。大量発生は餌に抑制されやはり続かないようですね。

長々と語ってきましたが自然豊かな北海道で広食性の蛾が餌資源のある限り増殖し、クスサンの場合にはマイマイガ程大量の卵を産まないので各地で点在的に発生するのではないかと推測します。

昨年の旭川のものは強烈でしたが、札幌のものは大量発生というインパクトにはちょっと弱いくらいの印象な気がします。

ある意味では北海道の豊かな自然が引き起こしている現象なのでしょうね。



クリ園の事例


さてその他にも情報を探してみると2017年広島県のクリ園での大量発生事例も見当たりました。

クスサンはクリで発生する虫という認識を持っている方も多いと思います。クリの害虫です。

このパターンは前述のキアシドクガと同じように特定の食草が豊富でその限り繁殖できたパターンですね。

チョウやガの発生には食草が関連していることが多いです。

集中的に特定の樹木が植えられると生態系のバランスは壊れてしまうので、例えばサクラにおけるアメリカシロヒトリやオビカレハの大発生、ナス畑におけるクロメンガタスズメなど特定種の大発生を引き起こします。

北海道ではクリ園やクルミ園などのパターンではなさそうなので、大量発生パターンの1つ事例として覚えておくといつか役に立つと思います。

まとめ


北海道におけるクスサンの大量発生は単発的に起こるものである可能性が高いと思われます。

大量発生の要因には食草が絡んでおり、よく話題に挙がるクスサン、マイマイガなどは幅広い樹木を食べる生存に有利な性質をしている虫です。

クスサンの自然発生による大量発生は珍しく、北海道の豊かな自然を表現するいい例だと思います。

一方でこうした虫は食草が絞られた環境(クリ園など)ではより発生しやすく、大量発生には広食性のパターンと狭食性のパターンがあります。

今回のコンテンツは個人的な主観が多いので参考程度に収めておいてください。

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LED化をもたらしたマイマイガはクスサンの比では有りません。

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科の代表種ヤママユも大変可愛らしい蛾です。2種の違いから蛾の多様性を観察してみてください。

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毛虫の大量発生といえば桜ですよね。桜の害虫オビカレハはなかなかに可愛い幼虫です。
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眼状紋の理解には鳥の天敵であるヘビの理解が役立ちます。エサとなる生物の毒を利用するヤマカガシは非常に面白い生態系の側面を学べます。