超巨大な希少ハチ
タイトルでネタバレしてしまっているわけですが、日本全国の主に山地には産卵管を含めた体長が15㎝近くになるウマノオバチというハチがいます。
数が減りつつある希少なハチなのですがその生態を見ていくと生き物の多様性なしには語れない魅力的な生き方であり、ユニークな生態を持ちます。
今回の記事では在来カミキリに寄生し、寄生のために産卵管を進化させた巨大ハチことウマノオバチの魅力を紹介していきます。
ウマノオバチとは?
ウマノオバチは主に5月~6月頃に出現する寄生性のハチの仲間です。
出現時期が短く、そもそも尾の長いハチなどほとんどの人は知らないためにその姿を見られる人は少ない虫です。
加えて神奈川では絶滅危惧Ⅱ類の虫であり、近年では個体数自体が少なくなっていると考えられます。
最大の特徴は♀が持つ産卵管であり、体長の7倍~8倍程度のイレギュラーな長さを持ち、大きいものでは20㎝近くなります。
この部位は産卵管であることから♂には見られず、♂は寄生バチとしては普通の見た目をしています。
成虫の生態に関する情報が少ない虫であり、特に産卵を含めた幼虫周りの生態が面白い虫であるからか情報は産卵~成虫になるまでの期間に関して多いです。
成虫の利用樹種はブナ科樹木であり、ブナ科樹木を利用するカミキリムシに寄生します。
寄生性の虫と絶滅
自身のライフサイクルの中で他の生き物を利用する種類というのはどうしてもこの現代では絶滅しやすくなってしまいます。
日本のレッドデータにおいてウマノオバチは24の都道府県で何かしらの絶滅危惧種の指定を受けています。
生育の過程で他生物を利用する都合上、そうした生き物の繁殖には自身と寄生相手の両方が十分に生息できる環境が必要となりますよね。
このうちのどちらかのバランスが崩れてしまうともう一方も共倒れになってしまいます。
この手の話で十八番なのは絶滅した鳥に種子散布を頼っていた植物の話です。
その植物は絶滅してしまった鳥と進化してきたためにその鳥に食べられて排出されないと発芽できないという性質を持っていました。鳥がいなくなることで植物も新しい種子から発芽できなくなってしまったのです。
ウマノオバチの場合その寄生対象はミヤマカミキリというカミキリムシに依存しています。
このカミキリムシ自体は普通種のカミキリムシで、日本の山地を中心に普通に見ることができます。
これは根拠には乏しいのですが、クリ園の衰退やブナ科樹木の林として薪炭林の衰退がウマノオバチの衰退に一躍買っているのではないかと思うのです。
ミヤマカミキリはクリ園やクヌギコナラの害虫としてシロスジカミキリとともに並ぶ有名なカミキリです。
ウマノオバチもまたクリ園やそうした雑木林でよく目にするハチであったと聞きます。実際私が見かける場所ではブナ科樹木が多いorクリ園がある場合です。
ブナ科を中心に繰り広げられていた生態系は、そうした環境がなくなるとともにカミキリの減少を引き起こし、ウマノオバチも連鎖的に姿を消してしまったのではないかと思います。
こうした環境要因の変化による昆虫の減少はよく言われており、代表的なものでいえば薪などに使われたクヌギコナラを始めとする薪炭林の減少がオオムラサキやカブトクワガタ、カミキリムシの衰退などにつながっているという説ですよね。
これも仮説ではありますが実際のところ昆虫採集をしている50代以上の人たち(何十年もしているベテランたち)に話を聞いたところでは虫が減ってきている気がするという話は聞きます。
環境要因の変化は即効性のあるものではないうえに数値化が難しいものであるため、感覚ベースとなってしまうのですが、私自身定点的な観察をしていると樹木利用性の蛾など減ってきているなと感じます。
それがより複雑な寄生性となるとその影響はさらに大きくなるでしょう。 神奈川では蝶を例にとればゴマシジミ(特定のアリの巣に寄生)は絶滅していますしキマダラルリツバメ(アリの巣に寄生)も絶滅危惧1類として危なそうな印象です。
寄生性の虫は地盤がただでさえ不安定なのでウマノオバチも急に姿を消してしまう可能性があります。
長い産卵管の秘密
ウマノオバチの産卵管はなぜこんなに長いのでしょうか?
自然の中を利用しあう生き物たちは自らの種の繁栄に有利な姿を獲得してきました。
いわゆるダーウィンの進化論というやつですね。
これによればキリンの首は多様な首の長さを持つキリンが多数いた中で、長い首を持つものが高所の葉を食べることができたために長い首を持つキリンが生き残り、キリンは長い首を獲得したという話です。
つまりウマノオバチは産卵に長ければ長いほど有利である産卵管を長い年月の中で獲得してきたと考えられますね。一体彼らの産卵管は何に貢献しているのでしょうか?
寄生性の生き物の理解には寄生先の生き物の生態を理解するとより楽しくなります。
前述の通りウマノオバチが寄生するのはミヤマカミキリというカミキリムシです。
これに関しては以前はシロスジカミキリ説も根強く、ウマノオバチはシロスジカミキリを利用するのが定説とされていました。
2種はクリ園やブナ科の雑木林など似た環境に現れるんですよね。
ウマノオバチはカミキリの蛹に寄生するのですが、シロスジカミキリの生態を見ていくとシロスジカミキリの成虫は秋ごろに新成虫として木の中で既に羽化していることが分かっています。
新成虫の出現時期は5月頃~7月ぐらいまで見ることができます。
5~6月に出現するウマノオバチはその期間に産卵することになるわけですが、シロスジカミキリを狙う場合その時期には成虫(4年目)か幼虫(1~3年目)しかいないんですよね。
一方でミヤマカミキリはより夏のカミキリムシです。成虫出現時期は6月下旬ごろから8月下旬ごろまで目にすることができますね。
2種のカミキリは共に樹木の中で3年の月日を過ごし、4年目に出てくるのですが、シロスジは最後の冬を成虫で越します。
一方でミヤマカミキリは幼虫で越すと言われています。
ウマノオバチ Euurobracon yokahamae (Dalla Torre, 1898)
(Insecta: Hymenoptera: Braconidae) の生活史 , 特にその寄主についてという論文では、冬を越したミヤマカミキリの幼虫が蛹になる期間と、ウマノオバチの産卵のタイミングがともに5月頃に2週間ほど重なると指摘しています。
この蛹になるタイミングを狙ってウマノオバチは自慢の長い産卵管をカミキリムシの幼虫が掘り進んだ孔に突き刺し、幼虫の近くに産卵するのです。
カミキリの行動はあるときから縦方向に直線になりますが、そこに至るまで幹をぐるりと回るように移動することもあります。
それゆえ長ければ長いほど生存に有利な産卵管に進化していったのでしょう。寄生バチの仲間には産卵管が長いものはいますがここまで異常に長いのは大型カミキリの穿孔に対応するためとみてよさそうです。
しかしカミキリムシの羽化のタイミングが鍵となるなんて予想外ですよね。ここまで読めばウマノオバチ1匹を目にすることの大変さがよくわかるはずです。
単純に要素を上げるだけでもブナ科の適度な衰弱木があり、ミヤマカミキリ個体数がおり、3年もの月日をかけ蛹となり、ようやくここでウマノオバチが産卵にたどり着けるのです。産卵後、翌年に成虫として出現します。
つまりミヤマカミキリが全くいないと仮定した場合ウマノオバチが生まれてくるまでには5年もの月日がかかることになりますね。
ウマノオバチの希望?薪炭林とカミキリ
寄生性の虫と絶滅の項ではウマノオバチが減少している話と、寄生先のカミキリ類が減少しているという話をしました。
ウマノオバチを取り巻く環境というのは前述の通り薪炭林、カミキリ、ウマノオバチが関連しています。
これに関して一時的にカミキリもウマノオバチも個体数が増えていくのではないかという視点をお伝えします。
現在関東を中心にナラ枯れが猛威を振るっていますね。
馴染みのない方にササっと説明すると、南方系のカシノナガキクイムシという小型の虫が集団でブナ科樹木に攻撃を仕掛け、なんやかんやで木が枯れるというものです。
神奈川東京では深刻な事態を引き起こしており、山地から公園などの平地までブナ科が枯れています。
一方でこれはそうした枯れ木を利用する虫たちにとっては繁殖の一大チャンスでもあります。
例として私自身の観測ですがおよそ2~30年ぶりと思われる神奈川県内におけるアカアシオオアオカミキリの再発見などをしています。
このカミキリは台場クヌギと呼ばれる薪炭林環境管理下のもとで生まれるクヌギを利用するとされているカミキリで、オオクワなどと並んで観察されるカミキリです。
神奈川では絶滅したのではないか?というくらい記録がなかったのですが、2023年に1例を見かけてその筋に詳しい方に確認をしたところなんと茅ヶ崎辺りまで全面的に確認できるほど広がったと言っていました。
ブナ科の枯れ木を利用するアカアシオオアオカミキリがあれだけ発生しているならば、主に山地を中心にシロスジやミヤマカミキリも大発生してもおかしくはありません。
発生までの間隔が短いアカアシオオアオカミキリと異なり、ミヤマカミキリは4年もの歳月を必要とするカミキリです。
神奈川のナラ枯れが本格化し始めたのは私の観察では2020~、本格化し始めたのは2021年ごろでしたね。
ということは今年や来年あたりに蛹化したミヤマカミキリを狙ってウマノオバチもたくさん観察できるのではないかと考えています。
これはあくまで一例ですが、神奈川西部にナラ枯れした木から大量のミヤマorシロスジカミキリが出てきている木を発見しました。
当該地区では数年ほど観察を続けていますが、こんなにやられている木には初めて遭遇しました。
ミヤマなのかシロスジなのかは不明ですが、当地では両種ともおり、割合はミヤマの方が多い印象です。毎年ウマノオバチも観察できていることからここ数年の動向が気になります。
ナラ枯れは木を枯らすという側面だけ見てしまうと悪いことばかりに思われがちですが、それらを利用する生き物たちも含めた生態系の視点から見ると短期的には生き物の増加などが見込めます。
しかし親の木が大量に死ぬことでその大量発生が次世代を育てる際には再び木がネックとなってしまうのです。
ウマノオバチを例にとれば、ナラ枯れでミヤマカミキリが一時的に増加するとウマノオバチも増加すると考えられます。
しかしウマノオバチやミヤマカミキリが増加してもナラ枯れにより次世代を育てるクヌギやコナラなどが減少しているので、結果的には彼らの個体数は減少したクヌギやコナラで生育できる割合程度に減るということですね。
こうした突発的な事例は自然で起きる偶然以外ではなかなか目にすることができません。
今回の記事でウマノオバチに興味がわいた方はチャンスだと思うので、5~6月頃に探してみてくださいね。
参考文献
ウマノオバチ Euurobracon yokahamae (Dalla Torre, 1898)
(Insecta: Hymenoptera: Braconidae) の生活史 , 特にその寄主について
Notes on the Life History of the Parasitoid Wasp, Euurobracon yokahamae
(Dalla Torre, 1898) (Insecta: Hymenoptera: Braconidae),
with Special Reference to the Natural Host Insect
加賀玲子 1)・川島逸郎 2)・苅部治紀 1)
ウマノオバチ Euurobracon yokahamae (Dalla Torre, 1898) (Insecta:
Hymenoptera: Braconidae) の生活史 -工業用内視鏡を使った観察-
Notes on the Life History of the Parasitoid Wasp, Euurobracon yokahamae
(Dalla Torre, 1898) (Insecta: Hymenoptera: Braconidae) based on observation
with an Industrial Endoscope
加賀玲子 1)・苅部治紀 1)
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害虫的な視点からカミキリを見ると、いわゆる生物農薬的な視点も面白いものです。
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例として紹介したアカアシオオアオカミキリ発生の考察です。この虫もおそらく一時的な発生で後に姿を消すと思われます。
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樹液を出す虫の視点としてもカミキリムシは重要です。クワガタ好きな人などに知ってほしい生物多様性の恩恵ですね。