名は知られるサルノコシカケというキノコ
木からベンチのように生えるキノコは我々の日常になじみ深いものです。
しかしながらあれがサルノコシカケというキノコであることは知っていても、いったいどんなものなのか?というところまで興味を持てる方は少数でしょう。
今回は木を分解する木材腐朽菌(もくざいふきゅうきん)としてサルノコシカケの仲間を中心とした菌類を紹介し、その生態系における役割などを見ていきたいと思います。ちょっとこのテーマに関連する用語が多いので、イメージしにくいかもしれませんが、とても面白い生態をしています。
サルノコシカケとは?
サルノコシカケはその特有の名前からキノコの名前であるという認識は持たれています。
しかし特定のキノコの名前という訳ではなく、サルノコシカケ科のキノコの通称であるため、実はいろいろな形のキノコをその名で呼ぶことができます。
一般的には木の枯損部から菌が侵入し、特有のコルク上の幾層にも重なったような平べったい形のキノコやパンケーキのような特有のキノコを付けます。
このコルク上の部分が子実体(しじつたい)であり、いわゆるシイタケの可食部と同じ部分です。役割は胞子を飛ばすことですね。
この仲間で我々の生活になじみの深いものとしてはマイタケがおり、マイタケは主にミズナラなどの広葉樹の根元に侵入し木から栄養を奪うことで成長しています。
この例からも分かるように多くが木材腐朽菌(もくざいふきゅうきん)と呼ばれるものであり、成木の枯損部や木材などの傷口に胞子が付着することで木々に侵入します。
侵入した菌糸は木の内部を分解することで養分を得て成長していきます。
代表的なものとしてタマチョレイタケ属などが挙げられ、マイタケなどが該当します。名前が癖になる面白い仲間ですね。
自然界においては分解者としてなくてはならない存在で、代役がいません。
まずはその分解の性質とメジャーな2種のタイプを見てみましょう。
菌類による木の分解、養分の循環者
菌類の活動とは目に見ることができないので何をしているんだろう?というのが正直なところであると思います。
木材腐朽菌の役割は文字通り木材を腐らせ朽ちさせます。すなわち分解して自身や他の生き物が利用できる形の栄養に変えることです。
彼らは多くが枯れた木を利用します。枯れた木というのは細胞がすでに死んでいる部分という意味ですが、植物の場合これがちょっとややこしかったりします。
植物の体を上から見てその構造を大きく2種に分けますと、中心の死んでいる部分と外周の生きている部分に分けられます。
バームクーヘンでいえば穴の部分が死んでいて、食べる所が生きています。(割合は違います)
つまり植物というのは幹の内部に死んだ部分を持っているという事なんですね。
なぜ死んでいるかといえば体を支えるためです。強固な中心を持つことで風などにあおられても倒れません。
サルノコシカケなどの菌類は外部に張り付くことから外側を分解していく印象を与えますが、生きた部分は利用しません。
内部の死んでいる大部分を分解していくという面白い戦略を取ります。
ではどう移動していくのか?をみてみましょう
菌の移動についてはなじみ深い例としてシイタケを上げます。
シイタケを栽培するときは菌糸を打ち込みますよね。
打ち込まれた菌糸は材の水分や養分を移動させる管(導管や篩管)の中を移動して木材全体へ移動します。生きている部分では水や養分が通っていますが、死んでいる部分では空洞なんです。
ここからはちょっと用語が分かりにくいかもしれませんが、植物の体というのはセルロースやヘミセルロース、そしてこれらよりもさらに分解されにくいリグニンなどの糖類からなる物質により守られています。
非常に分解されにくく、セルロースの例でいえば人間は5%程度しか利用できないと言われていますね。分かりやすく言うと食物繊維のことです。
ですが植物細胞などを保護している重要な部分です。
いわゆる炭水化物が豊富で、もしこれが利用できるならば栄養を摂取することができます。
その例として草食性の動物が挙げられますね。
例えば牛はその特有の反芻(食べて吐いて食べてを繰り返す)することにより、微生物活動でこのセルロースを分解し80%ほどの栄養を摂取できると言われています。
草食動物がなぜ草だけを食べてあんなにお肉を付けられるか?というのは植物自体に炭水化物がたくさん含まれているからなんですね。
つまり利用しにくいだけで、利用できるならば多くの生き物にとって有用な餌資源となりえるということです。
自然下では肥料がありませんので、土壌に栄養を送り込むものとしては落ち葉や枝などが重要な資源です。
このうち落ち葉などはダンゴムシやミミズなどが反芻ではないものの細かくかみ砕いて自身のフンと混ぜながら土に返していきますが、固い枝などはダンゴムシやミミズも歯が立ちません。
この固い枝や木材(利用しにくいが養分に富む)を有用な餌資源に分解するのが木材腐朽菌です。
すなわちこの分野においては無くてはならない存在です。
特に厄介なものがリグニンというもので、これは一部の菌類だけが分解できます。
もしも人間活動で分解しようとすると熱分解で280℃~560℃程度の温度が必要です。自然界で破壊するのがいかに大変なのが分かりますね。
木材腐朽菌さまさまです。
つまりサルノコシカケやシイタケの仲間などがいなければ雑木林の地表は枯れ枝だらけになってしまいます。
また、水分の多い場所の倒木などが気が付いたらボロボロになっている件なども彼らのおかげなのです。見た目に対してとても重要な生き物なんですね。
これは彼らの見方が変わりそうです。
サルノコシカケと木材分解
前述のリグニン分解には菌類が深くかかわっています。例として挙げたシイタケなどは伸びた菌糸を見ると白くなっていることが分かります。
白色腐朽菌はリグニン分解能力にたけており、セルロース、ヘミセルロース、リグニンと3つの要素をすべて分解する菌類です。
同じ菌類にも多様性が見られ、サルノコシカケの仲間にはセルロースとヘミセルロースの分解を行うものと、リグニンまで分解するものがいます。
前者は褐色腐朽菌と呼ばれ、これは彼らの付いた木材が褐色に変色することから名づけられていますが、分解時に残ったリグニンが堆積することから茶色く変色するそうです。(全く分解できないわけではない)
分解できない成分は土壌へ入っていくわけですが、もし菌の多様性が乏しく、褐色腐朽菌しか存在していなかったのならばリグニンが無限に堆積して利用できない資源としてずっと土壌に溜まってしまいますよね。
しかし土壌にもたくさんの白色腐朽菌が存在しているため、結局は分解されるのです。自然はよくできていますよね。
どちらの菌も形は違えども土壌への栄養還元を行うため、なくてはならない存在です。
分解には非常に時間がかかる?
難分解性物質からなる植物の残渣は菌類の力をもってしてもかなりの時間がかかります。
例えば肥料としてバーク堆肥というものがありますよね。これは樹皮を堆肥にしたものなのですが、非常に遅効性の肥料として有名です。
分解の過程で栄養源となる窒素などを放出していくわけですが、バーク堆肥の分解について窒素の放出をみていくと発酵の程度にも左右されると思いますが25年で60%、完全な分解には50年ほどかかると指摘されています。
3年ほどで6~8%程度の非常にゆっくりとした養分である(分解されやすい鶏糞は1年で60~80%消化)ことからも分解の大変さがよくわかりますよね。
サルノコシカケは一度目につくと破壊されない限りかなり長い時間くっついています。
難分解性リグニンをうまくやりこなしてセルロースから養分を取るために一生懸命木を分解しているんですね。我々の眼には変化が無いように見えますけど。
サルノコシカケと昆虫類
菌糸は菌食性の昆虫たちにとっても有意義なものです。まず菌糸を食べる昆虫がいるというのを知らない方も多いと思います。
例えばキノコムシの仲間などは分かりやすくサルノコシカケなどに来ている昆虫類です。
彼らは子実体(キノコ)に穿孔して菌糸と朽木を食べています。
菌糸と朽木?と聞けばなんだか有名な虫が思い浮かびそうではありませんか?
なんと!皆様大好きなクワガタの仲間というのもこの腐朽菌のおかげで目にすることができるのです!
おいおいクワガタは朽木を食べているだけだろう?という声が聞こえてきそうですがそうでしょうか?
例えばクワガタの養殖やキングサイズを目指す場合に使われるものは何でしょうか?
菌糸瓶ですよね。菌糸瓶は何色をしているでしょうか?
そう白色です。
つまりクワガタは白色腐朽菌とそれらが分解した朽ち木を食べて成長しているんですね。
これまでの話はイメージが湧きにくかったかもしれませんが、こうしてクワガタの飼育に落とし込むと一気にイメージを持ちやすくなったのではないでしょうか?
クワガタは朽木食いの印象が強いですが、これまでの話を整理していけば朽ち木というのがそもそも腐朽菌の活動によって生まれるものであると分かりますよね。
そして朽ち木に植え付けられた卵は朽木とその菌糸を食べ、かっこいい顎を持った成虫となるのです。
クワガタ好きな方は菌の仲間に感謝ですね。
クワガタの仲間は白色腐朽菌が好きな傾向にあるそうですが、褐色腐朽菌でも大丈夫であるようです。
クワガタは幅広い広葉樹から出現しますが、もしかするとサルノコシカケがそれに貢献している可能性も考えられそうですね。自然は面白いものです。
他にも蛾の幼虫の一部が利用していたり、ゴミムシダマシの仲間などが利用したりと一見意味もないように見えるサルノコシカケにも多角的に見ればいろんな生き物が関わっていることが分かりますね。
サルノコシカケの仲間と根腐れ病
最後に人間活動的には厄介な視点を紹介します。
このキノコの仲間は褐色腐朽菌もいるのですが、白色のものもいます。
街路樹としてケヤキや、庭木としての梅などに生えるものには成木の樹皮などから侵入するサルノコシカケもいるのです。
厄介な点は当記事最初の説明の通り木材を分解してしまうことです。つまり成木に侵入するとそこから根や地際部、中心を作る木質部を分解させ、場合によっては倒木などのリスクを引き起こします。
白色腐朽菌による分解は虫歯のように表面は大したことが無いように見えるのですが、内部では大変なことになっているケースが多いです。
木々は7~8割ほどが中心の死んでいる木質部からなります。
地際などについたサルノコシカケが幹内部のあらゆるところを食べつくすなんて想像できないかもしれませんが、幹には空洞の導管と篩管がありますよね。
なので縦方向の移動についてはかなり強いのです。これはコナラなどのブナ科を枯らすナラ枯れの菌にも見て取れます。
虫歯もある日急に奥歯が陥没したりしますよね。同様に分解され続けた木はある日自重に耐えられずぽっくり折れてしまうのです。虫歯なら自己責任で済みますが、木が倒れてしまえば人的被害でしかも即死の可能性が高いです。
そうしたリスクを認識するためにはやはり木材を分解する菌類に対する知識が必要です。
この点は人間活動的な視点で見てしまえばリスクでしかありませんが自然界でいえば必要なプロセスと言えます。
年老いた老木は林床への日差しを遮り、次世代の木々の生育とも競合します。
そうした木を腐朽菌が倒せば多くのキノコの仲間が侵入し朽ちさせ、それらは土壌の栄養として次世代の植物への栄養となります。
朽ちる過程ではクワガタの仲間、タマムシ、カミキリムシなどなどの人気の昆虫が枯れ木を利用し、林床に日が差すことで森も若返っていくのです。
今回の記事では木材分解の重要な役割を持つ生き物として身近なサルノコシカケを例にその分解を紹介しました。
これ以上用語としてかみ砕けないリグニンなどの用語が出てくるため、ちょっと理解は難しかったかもしれませんが、彼らの活動は自然下だけでなくクワガタや倒木、キノコとしての食利用などの面から馴染み深いものでもありましたね。
日頃食用としているシイタケやマイタケも食べ物のカテゴリーから見ればただのキノコですが、自然界にいればそれぞれ役割があるということを認識して美味しく食べてあげてください。
目に見えない菌類の世界、私もまだまだ無知ですがとても面白いものだと思います。身近でサルノコシカケを見たら倒木に気を付けてくださいね。
参考文献
多種の菌類の共存が木材の分解を遅らせる?菌類の多様性と分解機能
深澤 遊
有機農業を始めよう有機農業参入促進委員会
pljbnature.com
分解者の面としてダンゴムシなどの紹介です。主に落ち葉分解に無くてはならない存在ですね。
pljbnature.com
奇妙な菌の仲間としては虫を白い泡状にして殺すボーベリア菌が面白いですよ。
pljbnature.com
菌類の恵み、クワガタ採集も今回の知識があればより身近に感じられるはずです。自然を点ではなく、面の視点で見ていけば、貴重な資源として扱うことができるはずです。