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ホバリングしている黒いハチの正体は?クマバチと受粉

春~初夏に道をふさぐ怖いハチ?

春頃になると様々なところで空中で様子を見るようにホバリングしているハチを目にするようになります。

開けた空間を占有するクマバチ。ホバリングの目的は出会いの場とするため

うわ、ハチだと思っていると?大きな羽音を立てながらこちらに向かってくるではありませんか!

思わず刺されると思って距離を取ったらハチの方から離れてくれました。そんな経験を春にしょっちゅうするはずです。
このハチはクマバチというハチです。

彼らのホバリングにはちゃんと理由があります。

そしてクマバチ自身も受粉に欠かせない重要な存在です。今回の記事ではなぜクマバチはホバリングするのか?クマバチが受粉にどうやって貢献するのか?クマバチが行う盗蜜などのユニークな行動の数々を紹介します。



クマバチとは?

クマバチは体長約2㎝程の大型のハチです。

黄色い胸が特徴的なキムネクマバチ

なんといっても空中に停止するように羽ばたくホバリングの代表的な虫で、オオスカシバなどと並んで有名です。

大きい体には無数の毛が生えており、ミツバチと同じように花粉をよくつけて受粉に貢献します。

花粉媒介者(ポリネーター)としてとても重要な存在であり、ハナバチの仲間はあらゆる山野の植物の受粉に貢献している影の功労者です。

特にフジを始めとするマメ科の植物にとってはパートナーのような存在で欠かせません。

マメ科やシソ科の植物にはよく来ている。植物側の形も訪花昆虫を選択している

クマバチはハナバチの仲間に所属していますが、大きさに関しては他種よりも圧倒的に大きいです。このパワーを生かした盗蜜というユニークな行動を見ることもできます。

♂は複眼がとても大きく、♀はつぶらな瞳をしています。およそ春~初夏に目にするホバリング個体は複眼がとても大きいものばかりです。

営巣はかなりユニークで木材に穿孔します。♂のホバリング時期が終えると次は♀が木造人工物や木々の枯損部を飛び回るクマバチが目につくようになり、これらがそれぞれ雌雄に特有の行動として見られます。

ホバリングが怖いハチ?

春から道端で怖いっ!という鬼気迫った声を聴いた場合には、だいたいが同時期に出る大量の毛虫かクマバチに接近された場合であると考えられます。

かなり大きいハチなので、威圧感はすごい。羽音もかなり怖い印象

クマバチは歩道などの開けた環境で一定の個体の間隔を保ちながらホバリングをしています。何のためでしょうか?

虫の中には♀を待つための行動を取るものが数多くいます。例えば同じく春の人気昆虫アゲハチョウを上げるとアゲハチョウはヒルトップ(丘環境)を好んで出会いの場としています。

縄張りを貼るオオムラサキ。エリアを確保するような行動は色々な生き物で見られる

シジミチョウの中には縄張りを主張するために他の生き物が来ると追い回すような行動を取るものもいます。

クマバチの場合には道端の開けた環境でホバリングをすることでそれを出会いの場として利用していると考えられます。

これは根拠に乏しいのですが、クマバチは動くものに追従してその対象がクマバチの♀であるかどうか認識しているようなのです。

例えば人の様な巨大な生き物であってもクマバチはとりあえず寄ってきます。

彼らの縄張りに網などの長物を近づけてもそれを追いかけてきます。

近づいては来るが刺しに来ているわけではないのがポイント。

別の虫がやってくればそれも追いかけます。観察している限りでは彼らの追跡に大きさは関係ないように思えます。

♀を認識すると話した通りこうしたホバリング行動を取るものは♂に限ります。

ハチの針というのは産卵管が進化したものであるため、♂に針はありません。なのでホバリングする理由を理解してしまえば、道をふさぐクマバチは刺さないと分かるため、驚く必要はないのです。

近づいてきても離れていくことが分かっていますからね。ただし大きい虫がダメという方は必ず寄ってきて驚かせてくるクマバチは苦手かもしれません。

クマバチと受粉

クマバチを始めとするハナバチの仲間は花粉の運搬においてとても重要な役割を担っています。

クマバチと関係が深いとされるフジ。大型のマメ科の花で、蜜を得るのにパワーが必要

正直なところ花粉を利用する昆虫というのは数多くいます。カミキリ、タマムシ、ハエ、アブ、挙げればきりがないですね。

こうした生き物の多くは食利用のために花粉や蜜を利用します。

ハナバチ類が受粉に大きく貢献するのはハナバチの仲間が幼虫の飼育のためにも花粉や蜜を利用するからです。

成虫利用だけでなく幼虫にも花粉を必要とするハナバチの仲間は、花とともに進化してきたため、花のスペシャリストともいえます。

彼らの口は非常に長くなっており、長い種では自身の体長と同程度のものもいるくらいです

口が長いハナバチ。ニッポンヒゲナガハナバチ。

香川県の訪花性ハナバチ類を研究したものの中では自然の中などの開放環境下でのハナバチ類の影響は分かりにくいものの、温室栽培などの野生訪花性昆虫を遮断した環境ではそうした受粉を助ける昆虫類を導入するか、農家自身が受粉をやらない限り作物の受粉ができないことが指摘されています。

我々が認識していないだけで花粉のスペシャリストである彼らの貢献というのは偉大なものなのです。

FAO(food&agriculuture organization of united states)によれば農作物の75%近くがハナバチを始めとするポリネーターに由来するものであると指摘されています。

市場に並ぶ野菜類や果実類だけでなく、ケチャップなどの農作物由来のものを考えればその影響はかなり大きなものですね。


クマバチと受粉の戦略

クマバチは様々な方法で蜜や花粉を得て、時にずるい戦略も取ります。

正常な共生関係。花の上にある花粉がハチについている

それが盗蜜です。お花は花の付け根に蜜を貯めて花の入り口におしべとめしべを構えて待っています。

蜜が欲しいハチは正面から突っ込み、花粉まみれになりながら蜜を舐めることになります。

しかしクマバチのように大型でパワーのある種類になると蜜を得るために根元をかみ切るということをします。

シソ科の根本を噛み切ろうとしているクマバチ

私自身細長いシソ科の植物でよく目にしているのですが、盗蜜された花は根元からちぎれてしまうので受粉することができていませんでした。(もしかすると他の虫が来てすでに受粉はできていたかも)

この行動が偶然のものかと思っていたのですが、同じく香川県のハナバチ類を研究した「香川県で採集された訪花ハナバチ類とキムネクマバチによる新奇な授粉様式の可能性」において盗蜜に関することが指摘されていました。

スイカズラのお花も細長い。シソ科のお花と似ているが盗蜜行動の差は何なのか

これによればスイカズラ(非常に細いが大きい花)では33の花の内1例のみ盗蜜行動が確認され、アベリア(非常細くて小さい)の花では30の花全てで盗蜜を行っていたとされています。

つまり何かしらの要因により意図的に盗蜜を行っていると考えられますね。

クマバチはハナバチの仲間の中では口が短い種類です。その大きい体から蜜が取れないと判断した種類に関しては盗蜜を行うのかもしれませんね。

私の観察したメドーセージもクマバチが頭を突っ込めないくらいのお花です。

振動で花粉が落ちるイメージ。揺れることで花粉が落ち、集めやすくなると考えられる

また、翅を利用して意図的に花粉を起こす行動も知られています。前述の論文では振動受粉と呼ばれていました。
羽ばたくことで生じた振動を利用して落ちた花粉を取る非常に賢い戦術です。

これは論文によれば観察された54種のハナバチの中でキムネクマバチ(いわゆるクマバチ)を含む4種のメスにだけ見られた特異的な行動であることが分かっています。

ハナバチ類が花粉を運搬するのには餌資源確保の面が大きい

クマバチを始めハナバチの仲間はミツバチを例にとればわかるように花粉を幼虫の餌資源として利用します。

花の多くはおしべは細長いひも状のものについていることが多いのでクマバチのように羽ばたきによる周波数による揺れを利用して花粉を落とすことができればきっと効率的に花粉の採集を行うことができるのでしょう。

10m程度でも音が聞こえなくもない程度には羽音が大きい。

クマバチ類の飛行というのはホバリングしている個体に近づけばわかる通りかなり大きな羽音を出しています。

狭いお花の中であれだけの音を鳴らせられればさぞ落ちることでしょう。

実際研究中では花の中でこの振動受粉が行われるとボッという音とともに花粉が舞い上がったという光景が指摘されています。

ミツバチ類と比べると大きな体を生かしたクマバチらしい戦略であると言えます。

クマバチが繋ぐ蜜源利用?盗蜜の二次利用

小型ハナバチ類が大型ハナバチ類の破壊した花を利用する可能性がある

クマバチ類が根元をかみ切ってお花から蜜を盗む行動をすることはすでに述べました。

これを2次利用する生き物も確認されています。

大型ハナバチ類が自力で噛み切った後をミツバチ類を始めとする小型のハナバチが再利用するとの指摘がありました。

これによれば小型ハナバチ類は自力で花弁に穴を空けることができないと言われています。

そのため大型種が空けた穴を2次的に利用することで蜜を効率よく集めている可能性があると考えられます。

これに関して実体験の観察があります。

スズメガの仲間のような非常に長い口を持つ虫だけが利用する植物を使う戦略

町中にある園芸シソ科などは明らかにハチ類が基部の蜜源まで届けないような極小な入口をしています。これらにはホバリングをし、長い口を持つスズメガの仲間が良く訪れています。このことからも蜜源として優秀なのは明らかなのですが、ハチ類は利用できません。


しかし大型のハナバチ類は確かに来ていました。彼らはその基部をかみ切ることで普通では使えない蜜源を利用していたのですね。

そしてその噛み切られた口の部分を利用しにミツバチなどの小型ハナバチ類が来ていたんですね。まさかハナバチ類の盗蜜行動が2次的に連鎖しているとは驚きです。

これもある種利用できない餌資源を多くの生き物が利用するために知恵ということができるかもしれません。

クマバチの盗蜜はクマバチ自身だけでなく蜜利用の他生き物にも影響を与えているのかも

植物側からすれば受粉もできず蜜を取られるだけの行動ですが、食物連鎖において下位の生物が捕食により食べられることを加味して多めに産卵するように植物側も噛み切られることを前提として多くの花をつけているのかもしれませんね。

ホバリングしているハチからは実に多くの自然の繋がりを観察することができます。

春にホバリングしているクマバチは刺すことのない雄なので、怖がらずに近づいてみてください。大きい目をしていたり、指なんかを追いかけて来たり中々にかわいいものです。刺さないと分かっていればとても楽しいものですよ。

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似た花で目にするスズメガの仲間はホバリングを行う虫です。ハチドリのような見事なホバリングを見せる虫です。

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樹液性のハチ類に興味がある方は身近なスズメバチの仲間もおすすめです。こちらはほとんどが♀で刺してくるため、注意が必要です。

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超重要なポリネーター、ミツバチからの視点もおすすめです。


参考文献
香川県で採集された訪花ハナバチ類とキムネクマバチによ
る新奇な授粉様式の可能性 市川俊英・倉橋伴知・幾留秀一