寒い時期に見つけた青いお花
肌寒いこの季節に自然の中を歩いていると青い小さなお花を目にするはずです。
可愛らしく、光沢のような艶のある青を持つお花は珍しいのではないか?と錯覚してしまうほど綺麗ですよね。
この植物はオオイヌノフグリと呼ばれ、初冬~春というイレギュラーな季節に出現する外来種です。
今回の記事ではそんなオオイヌノフグリがわざわざ冬に現れるメリットや、どこにでも現れる理由などちょっと人に話したくなるような内容を紹介します。
オオイヌノフグリとは?
オオイヌノフグリはゴマノハグサ科に所属する植物で、類似種としてはムラサキサギゴケなどがいます。
外来種ではオオカワヂシャやビロードモウズイカが挙げられます。
開花期は主に1月~4月頃までで他植物の少ない時期に優占的に開花します。
花は1日で萎むとされていますが、非常につき具合が弱く、風のあおりなどを受けて落下してしまう場合もありますね。
1つの花の寿命は短いのですが、旺盛な葉の広げ方により次々と咲かせるため、期間中には非常に多くの花を目にすることができます。
種子ができると周囲に零れ落ちるタイプの種であるため、これがさらにオオイヌノフグリ群落に貢献します。
オオイヌノフグリは外来種であるとされていますが、侵入時期は非常に遅く、明治時代であったと言われています。おおよそ100年程度の時間なので、シロツメクサなどに比べると新参者と言えるかもしれません。
オオイヌノフグリはなぜ現れるのか?移動の戦略
オオイヌノフグリは埋土種子という土中に埋まった種を利用して生息地を拡大していると考えられます。
青い色合いから珍しい印象を受けるオオイヌノフグリですが、普通種の植物です。
経路は様々であると考えられますが、人工的につくられる環境に多く生えているのを目にするはずです。
例えば花壇や、植え込みぞい、河川敷や公園、空き地などなど挙げればきりがありません。
オオイヌノフグリは重力散布であるため、長距離の種子移動はできないと考えられます。
もちろん種子が水などで流れて移動する可能性はありますが、タンポポの綿毛のように自力で移動する能力は持ちません。
ではなぜ種も撒いていないのに突如そうした環境に出現するのでしょうか?
そのカギは埋土種子にあります。埋土種子とは土の深くで休眠している種のことです。
種の多くは表層にまかれますが、例えばスコップで土を掘り返すことや上から土砂が被されば種には光や熱が当たらず発芽できなくなります。
そうして土中に入った種は死ぬわけではありません。土中で休眠している種を埋土種子と言います。
埋土種子は年月とともに生存率が低くなっていきますが、長いものでは30年やそれ以上の生存をするものもあります。
そして土がかく乱されて表面付近に出てきたときに発芽するのです。すごい戦略ですよね。
例えば丹沢ではシカの食害が凄く、林床の植生が衰退しています。ここに柵を設けて植物の成長を見守ったところ、絶滅危惧種が出てきたなんて話があります。
濁った水を一度抜いて水をきれいにしたところ、そこで絶滅した植物が生えてきたなんて話もありますよね。
見えなくとも土中に種子があれば植物は復活することができるのです。
この視点を理解するとオオイヌノフグリがなぜ急に表れるか?の視点も分かりやすいと思います。
人工的につくられた場所に土を乗せますよね。
その土に埋土種子として潜入しているのです。
この侵入方法は外来種のかなりメジャーな侵入方法です。
種はかなり小さいものであるため、土の移動とともに簡単に新天地へ移動できてしまうんですね。
なぜ冬に咲くのか?
真冬の霜が降りるような時期にオオイヌノフグリは活動を始めます。これは競争上有利なためであると考えられます。
まずオオイヌノフグリは太陽光の取り合いが激しい場所、すなわち背丈の高い植物が多い場所にはあまり現れません。
自身の背丈は精々10㎝もいかない程度です。なので光の取り合いには弱い植物なんですね。おそらく春以降になると草地のイネ科などに負けて衰退してしまうことでしょう。
しかし日本の多くの背丈が高い植物がいない時期ならば関係なく光合成をしていくことができます。
つまりオオイヌノフグリはライバルの少ない時期を狙って花を咲かせ、自らのテリトリーを広げていると考えられます。
原産地はヨーロッパであるとされるため、特殊な気候がある環境出身ではありません。しかし日本にも似たような戦略を取る植物というのはいます。
ジンチョウゲ科のオニシバリという植物は日本の山野に自生する植物なのですが、初冬~春ごろまでに芽を出して枯れます。
雑木林の低木であるオニシバリは成長のために光を必要としますが、巨大な木々がある雑木林で春以降に光を集めるのは大変難しいです。
そのため光が透ける寒い時期にのみ成長をしているのではないかと思います。
これらは仮説でありそれを支える根拠には乏しいのですが、生存の戦略という視点から見ていくと理にかなっているのではないかと思います。
オオイヌノフグリと受粉戦略
オオイヌノフグリには寒い時期から活動している多くの虫が訪れています。
我々の感覚では寒い時期には虫がいないと思ってしまいますが、例えば同時期に咲く梅やロウバイなどを見てみると、以外にもハエやアブの仲間が来ているのを目にします。
オオイヌノフグリの生殖生態を研究したものによれば、オオイヌノフグリとその仲間であるフラサバソウを訪れる昆虫としてはヒラタアブの仲間やハエの仲間、アシナガバチなどが挙げられていました。
その中でも一部のヒラタアブの仲間はオオイヌノフグリを良く訪れたようです。
オオイヌノフグリにはクワガタの角のように立派なおしべがあります。
かなり大きいくて黄色いので、虫にアピールする紫外線の反射はさぞばっちりなのではないかと思います。
ヒラタアブの仲間が好んでいるとのことなのですが、これに関して思うところがあります。
春以降になるとツユクサというやはり青地に黄色いおしべをつける植物が出てくるのですが、このお花にもヒラタアブの仲間はよく来ています。
もしかすると青色と黄色(我々の眼で見えている色)に対する選択性などがあるのかもしれませんね。
いずれにしてもオオイヌノフグリは太陽の光が出ると花を開き、沈むと萎むお花です。
お花の模様やおしべの色、花弁の色などに紫外線反射を利用する機能が備わっていることを考えれば、訪花性昆虫へのアピールはばっちりなお花と言えるでしょう。
ただでさえ寒い時期は餌資源に乏しいので、虫の立場からしてもありがたい存在なのかもしれません。
また、この植物の強い点として自家受粉できることも挙げられます。
これは自身での観察は困難ですが、前述の研究で花に個別の包装しても受粉したとの記述があることから、侵入初期に他のオオイヌノフグリが少なくとも自身だけで勢力を拡大できる可能性があります。
まさに定着した外来種らしい強力な生存戦略と言えそうですね。
実のところ春や早春の植物の中には特定昆虫に受粉を頼っているものが少なくありません。
例えばキブシや、スミレ類、エンゴサクの仲間などを始め、春の植物は細長い形をしていて同じく細い口を持つビロードツリアブやチョウの仲間に頼るものがいます。
特定種間で連携している生き物、植物は種の増加に他の生き物が不可欠です。
一方で外来種のオオイヌノフグリは平面上の花をしており、自家受粉も可能、訪花性昆虫を絞らずに花粉や蜜を求める様々な虫を利用すると貪欲な成長戦略を持ちます。
埋土種子で発芽し、ライバルの少ない時期に育ち、受粉のための手段も幅広い。そんなオオイヌノフグリを色々なところで目にするのもある種納得がいきますよね。
青い小さなお花はそうした植物の生存戦略を覗くのに適した種類です。この時期ならばあらゆるところで目にするはずなのでぜひ探してみてくださいね。
最後に似た植物を紹介します。
オオイヌノフグリに似た植物
前述の通りゴマノハグサ科であるオオイヌノフグリには、サイズ感が違うものの似たものがいます。
代表的なものは同時期に目にするタチイヌノフグリでしょう。
タチイヌノフグリ
植物につく「立ち」は背丈が高いことを指すことが多いです。例えばカタバミに対するオッタチカタバミなどが挙げられますね。
その名の通り花をつける位置が高いのと、草丈自体が高いです。一方で花はかなり小さく、まさかこれで咲いているとは思えないほど極小のお花を付けます。
しかしよく見るとちゃんとオオイヌノフグリそっくりの形をしています。色も青くてかわいいですが、こちらも外来種です。
オオカワヂシャ
似たような花の形をしていて花の色が紫、河川沿いで見かけた場合にはオオカワヂシャの可能性が高いです。
オオカワヂシャは特定外来生物に指定されている植物で、河川敷を中心に大繁殖している植物です。
オオイヌノフグリよりもはるかに高い草丈を持つ植物が周囲にばらまく形の種子散布を取ると大抵の場合群生してしまいます。
凶悪な植物ですが、花の形や色などはオオイヌノフグリそっくりです。
植物の科という概念を学ぶのにはとてもいい対象です。
花の形は違いますが、ツユクサも訪花性昆虫に対しては似た戦略を持っているのではないかと思います。この花もとても面白い戦略を持つので興味があればぜひ。