雪のように舞う昆虫の正体を探る
主に北海道を中心に毎年大量発生することで話題に挙がる雪虫がいます。
小さい体に蝋状の物質をまとった可愛らしい昆虫のことで、その正体はアブラムシです。
しかし北海道ではあれほど大量発生するにもかかわらず、関東圏ではそこまで目にする虫という訳ではありません。
この違いは何に由来するのか?という点を調べた結果「種類が違う」という可能性にたどり着きました。
今回の記事では大量発生する雪虫の種類の違いや生態系における役割などを紹介し、白い綿毛の虫が楽しく見えるような知識と皆様がお持ちの疑問を解決します。
雪虫とは?
雪虫は主に北海道の秋の終わりに発生する体長4㎜程の白い綿状、蝋状の物質をまとったアブラムシの仲間の総称です。
ワタアブラムシの仲間であり、蝋質の白い物質を身にまとうという特徴があります。
ご存じの通り大量発生で知られる虫で、今年は特に数が多く粉雪が舞うように雪虫が発生している光景が動画で上がっていました。
北海道では雪の降る2週間ほど前に発生するということが伝承のように伝わっており、風物詩として有名な存在であると思われます。
代表種トドノネオオワタムシは北海道に幅広く分布するトドマツを利用する雪虫で、同地ではケヤキフシアブラムシと並んで2大雪虫であると思われます。
正体はアブラムシ!アブラムシとは何か?
雪虫の正体はアブラムシです。これを聞くと顔をしかめてしまう人もいるかもしれません。
アブラムシの仲間はカメムシの仲間であり、様々な木の汁を吸う厄介者です。
幼虫期には翅が無く、寄生樹に大群で幹に張り付くさまから鳥肌が立つような光景を見た方も多いことでしょう。
こうしたアブラムシ類の発生は木の勢力を弱めてしまうために害虫としても扱われています。
事実として彼らに攻撃されたものには葉が枯れてしまったり、しおれて死んでしまうケースもありますから馬鹿にできない存在ですね。
この影響からアブラムシ類は様々な樹種を利用すると思われがちなのですが、実は食性は狭く特定の木々を利用するものが多いです。(リンゴワタアブラムシ、セイタカアワダチソウアブラムシなど樹種の名がつくものも多い)
また、アブラムシ類はライフサイクルが短いため、1年の間に世代交代をたくさんします。
成虫になると翅が生え飛べるようになるのですが、数の多い同種が一気に成虫となることで大量発生します。
自転車や散歩などで目や口に入った苦い経験をお持ちの方も多いことでしょう。あれは不快です。
種類によっては甘い成分を分泌することでアリなどに身を守ってもらうものがいます。天敵としてはテントウムシがおなじみですね。
雪虫の正体を考察
雪虫の正体についてはずっと疑問に思っていました。北海道ではあんなにいるのになぜ関東圏、特に神奈川や東京では話題に挙がらないのかと。
これについて深く調べてみると、思わぬ答えに出会いました。それは姿そっくりで種類が違うものがいるというものです。
トドノネオオワタムシとケヤキフシアブラムシ。
この2種が代表的な雪虫の仲間であり、関東圏で見るものはケヤキフシアブラムシ、北海道ではトドノネオオワタムシとケヤキフシアブラムシであると思われます。
この仮説には2種の利用する樹種の違いが関連しています。
アブラムシ類は大抵の場合アブラムシ類というグループで総括されており、具体的に何アブラムシがどの樹種を利用するのかというのは情報があまりないカテゴリーです。
ですが話題に挙がる雪虫では情報が出ており、トドノネオオワタムシは面白い生態を持っていることが分かりました。
通常アブラムシは年に数回発生するライフサイクルを持ちます。春~秋までいろいろな植物で絶えず目にしますよね。
雪虫の代表種であるトドノネオオワタムシもこの例にもれず年に複数回発生するのですが、利用樹種がヤチダモとトドマツに限られています。
ヤチダモは山地の樹木であり、近場の雑木林程度ではあまり見ない植物です。トドマツに関してはさらに山地性の植物であり、亜寒帯気候の代表的な針葉樹です。
分布は北海道に集中しており、北海道全土や東北の一部、サハリン、カムチャッカ半島などとされています。
トドノネオオワタムシはトドマツの根を利用する綿状の物質をつけたアブラムシの意味であり、ライフサイクルの過程ではヤチダモから発生したトドノネオオワタムシがトドマツの根に移動して寄生し、長期間のステージを過ごした後ヤチダモに再び戻ることが指摘されています。
トドマツが北海道に広く生息しかつ他の地域にはない都合上、雪虫(トドノネオオワタムシ)の大量発生は北海道に限られるという訳です。
トドノネオオワタムシとケヤキフシアブラムシ
さてここからがややこしかった点です。
この記事にたどり着いた方の多くが「しかし私は雪虫を北海道以外で見た」と思うことでしょう。
実のところ私もこの辺で見る綿毛の虫をトドノネオオワタムシだと思っていました。
しかしより調べてみた結果、かなりニッチなケヤキフシアブラムシであることにたどり着きました。
関東で目にする雪虫はケヤキフシアブラムシと思われ、その根拠としては彼らの利用樹種がケヤキと笹類であること、ケヤキが庭木や街路樹などの普通種であること、ケヤキにケヤキフシアブラムシの潜入した虫こぶが見られることから明らかであると考えます。
トドノネオオワタムシの利用樹種がトドマツである以上その出現はトドマツの分布に依存します。一方でケヤキであれば日本全国平地から山地まで目にすることが可能ですよね。
2種の姿は非常にそっくりであり、正直なところ私も違う種類がいるだろうとは思いもしませんでした。
アブラムシの生態を掘り下げる途中でトドマツ利用が分かり、その分布から別種の可能性を推測することができました。
長年の間虫の種類を間違えていたとは失礼なことをしていましたね。これからは2種のアブラムシの多様性をしっかり観察することができそうです。
ちなみにですがエノキワタアブラムシやリンゴワタアブラムシなど姿かたちはやや異なりますが、蝋をまとうアブラムシは他にもいます。
大量発生の要因について
ここまでくればある程度大量発生のパーツを並べることができそうです。
関東圏などで見られるものはケヤキフシアブラムシと考えられます。
北海道ではトドマツ利用のトドノネオオワタムシとケヤキ利用のケヤキフシアブラムシの2種(他にも種としてはいるようです。)がいます。
トドノネはトドマツの根に、ケヤキフシはイネ科の根に潜み、秋になると一斉に雪虫として現れます。そして昆虫は餌資源の限り増殖できます。
北海道において毎年規模は違えど大量発生が起きるのはやはり餌資源となるトドマツ、ヤチダモ、ケヤキ、そしてクマザサなどを始めとする自然な植生が幅広く残っているからでしょう。
関東圏ではケヤキとイネ(笹類)が見られる場所ですら限られてくるので雪虫の大量発生は起こらない、起こりにくいのですね。
しかしこの条件さえ満たされればそれなりの数の雪虫を見ることができました(神奈川西部にて)
興味のある方は昆虫探しの基本である発生源を抑えることで探してみてください。
アブラムシの仲間がつなぐ食物連鎖
ここからは視点を変えてみます。人間に嫌われるアブラムシ類は自然界においてどのような貢献をしているのかという考察ですね。
まずアブラムシは生態系のピラミッドにおいて下層に位置する虫です。
生態系は上位の者は個体数が少なく、下のものは数が多いです。
海にいるイワシの数と、捕食者であるクジラでは個体数が違いますよね。
ということはアブラムシは上位層の様々な虫や鳥などの生き物に食べられています。
特に目につくのはトンボ類ですね。
雪虫の発生時期となる9月~11月頃にかけては赤トンボの仲間が山地から降りてきて活動する時期です。
この時期にはアブラムシを食べるために飛びまわるトンボを目にします。
幼虫期間はアリ類と仲良しのものもいます。蜜を分泌してプレゼントする代わりに身を守るボディガードをしてもらうんですね。
植物をアリの巡回ルートにすることで間接的に他の植物食の昆虫を抑える役割をしているとも捉えられます。
そして幼虫期はテントウムシを始めとする生き物のごちそうでもあります。
この辺からはやや特殊な考え方になりますが、ケヤキフシアブラムシの例であれば葉に虫こぶを作り機能不全にさせます。
これにより枝枯れが起こることが指摘されています。
ケヤキ利用の昆虫というのはかなり多く、タマムシ類(ヤマトタマムシ、ヤノナミガタチビタマムシ)カミキリムシ類(クワカミキリ)など人気のカテゴリーの虫もいます。
こうした枯れ木穿孔性の虫やそれらの侵入によるキツツキ類のえさ場の確保などの視点も見ることができます。
木々や葉を枯らすということは林床への日差しの確保や母体が枯れれば次世代を育むとも捉えることができます。
また、アブラムシ類によって分泌される蜜によってすす病などの病原菌が繁殖することも分かっています。
ガーデナー的には歓迎できる話ではありませんが、草木を弱らせることでそれを糧にしている生き物(土中の分解菌や生物、木材分解の腐朽菌や樹木穿孔性の生き物など)に貢献しています。
庭木的な視点から見ると厄介な虫ですが、自然の中の生態系で見れば木を弱らせることもまた一つのライフサイクルであるということです。
アブラムシに由来する赤トンボの赤色
個人的に印象的であったのが赤トンボの赤色への体色変化にアブラムシが貢献していたことを示す研究です。
黄色色素でおなじみのカロテノイドは植物は合成できるのですが動物の多くは自力で合成することができません。
カロテノイドには紫外線から影響を受ける活性酸素を防除するという大きな役目があり、人が日焼け止めを塗ってシミなどを防ぐように昆虫においても紫外線に影響を防ぎ、老化を引き起こす活性酸素の防除は重要なものです。
実は一部のアブラムシやハエの仲間にはカロテノイドを合成する遺伝子があることがつい最近分かり、特にアブラムシを好んで食べるササグモ、ナナホシテントウ、赤トンボ類からアブラムシ由来と思われるカロテノイドが検証されたというものです。
このうちササグモ27%、ナナホシテントウ61%、赤トンボ44%のカロテノイドがアブラムシ由来で、食物連鎖を通じてアブラムシからカロテノイドを得て光酸化障害を防いでいる可能性が示唆されています。
ただの虫の集団であり、気持ち悪がられているアブラムシがまさか食べられることで他の虫の体を保護するための役に立っているとはとても驚きです。
同研究で色の変化についてはっきりと述べられているわけではありませんが、ナナホシテントウや赤トンボの体色変化にもこの色素の蓄積が関連している可能性も当然考えられます。
こうしたいまだ検証されていない、知られていないような効果は様々な生物間であると思われ、多様性の確保を意識していくのは重要だと感じますね。
参考文献
ユキムシ (トドノネオオワタムシ:Prociphilus oriens ) 綿毛の脂質組成(魏 慧玲,黒田 敬史,佐藤 達哉,高橋 育子,奈良崎 亘,宮下 洋子,片桐 千仭)
緑化樹木を加害するアブラムシ類とその防除 宮崎昌久
アブラムシと赤とんぼの深い繋がりの発見アブラムシのカロテノイド生合成遺伝子の機能解明 三沢 典彦