カマキリとハリガネムシに見る生態系の面白さ
カマキリはそのかっこいい大鎌から大変人気のある昆虫です。同じく寄生するハリガネムシもそのインパクトの強さから大変認知度があります。
しかしこの両者をつなぐ生態系という部分になると話が複雑なので、よくわからないという方が多いと思われます。
今回は食物連鎖を通じて繰り広げられるカマキリとハリガネムシの寄生関係と、水辺におけるハリガネムシの重要性を紹介します。
カマキリとは?
カマキリは立派な鎌を持ち、昆虫などの獲物を捕食する肉食性の昆虫です。
昆虫界にはおいては非常に強く、時にはトカゲなどの生物を捕まえてしまうこともあります。
なじみ深い昆虫で、晩夏の9月頃から草地で目にするようになります。ここではさらりと近場で遭遇するカマキリの種類を紹介します。
オオカマキリ
大型のカマキリで草地で普通に目にします。鎌も大きく、人間も挟まれると痛いです。
カマキリ
オオカマキリより目にする機会は少ないように感じます。(もしかしたらオオカマキリかもしれません)
ハラビロカマキリ
他3種と異なり木の上などを好む樹上性の種類です。お腹の幅が広く、腹が広いです。一番よく目にする種類だと思います。
コカマキリ
小型のカマキリで鎌に黒い模様が入るという特徴があります。サイズで容易に見分けられます。
カマキリの生活環と寄生虫
カマキリは初夏に卵からかえり、サイズに合わせた昆虫を食べながら大きくなっていきます。
およそ9月頭頃になると成虫が見られ始め、晩秋まで姿を見ることができます。
その後産卵をして自然へと帰ります。
この食物連鎖のサイクルの中で運よくカマキリが食べる昆虫の中に寄生虫ハリガネムシが入っていれば、寄生成功です。
そのプロセスを覗いてみましょう。
ハリガネムシの生態
水辺に生息している細長い生き物です。
水辺には大サイズの大人がおり、彼らは食事をせず宿主であるカマキリから奪った栄養で過ごします。
産卵をすることが目的で、川底に堆積したヘドロや粘土物に卵が混ざることで寄生プロセスが始まります。
ハリガネムシがカマキリに入るプロセス
水中に生息するハリガネムシは堆積した底の泥に産卵します。
川底の泥はおなじみユスリカの仲間(蚊)やトビケラ、カワゲラの仲間など様々な昆虫類が有機物を得るために利用します。
泥ごと飲み込む彼らの食事の習性を利用してハリガネムシは小型昆虫の体内へ入るのです。
しかし最終的な目的は大型肉食昆虫の体内に入ることです。
寄生虫には宿主(しゅくしゅ)という概念があり、途中で利用する中間宿主と最終目的地の終宿主がいます。
かつての日本で猛威を振るった日本住血吸虫であればミヤイリガイ(貝類)を中間宿主として田んぼや水路に侵入した哺乳動物が最終宿主でした。
寄生虫は終宿主に入るまではシストといって特有の膜状物質で覆われて活動待機状態になります。
ハリガネムシでいえばより大型の昆虫に入ったときに休眠状態から目覚め、おなじみの姿へと成長していきます。
泥を食べた虫たちから食物連鎖が始まります。
(カワゲラの幼虫はよく岩の下に潜む)
水中にいるヤゴ類がこうした蚊の幼虫やヤゴを食べればトンボの体内に入りそのまま陸上へ進出します。
では肉食性昆虫に食べられなければ水中で完結するのでしょうか?そんなことはありませんね。
カワゲラやトビケラ、ユスリカは食べられなくても水中から陸上へ進出する昆虫です。
(カワゲラ類の成虫)
彼らの成虫は餌資源としてとても有益で、上位捕食者であるトンボ類や小さい段階のカマキリ、キリギリスなどの肉食性バッタやコオロギなどの雑食性バッタに食べられます。
食物連鎖はピラミッド状になっており、より上位の者ほど大型の虫を食べます。
そのためコオロギなどよりもカマキリやキリギリスにハリガネムシは集まりやすいのです。
ハリガネムシはカマキリに直接入るわけではなく、こうした過程を経て最終的にカマキリのもとに集まりやすいんですね。
寄生された昆虫は特殊な物質を分泌するカマキリに操られて水辺を探し始めます。
解明された水辺の探索方法
これには水の音じゃないか?本能的に知っているんじゃ?谷筋の風とかを感知する?などハリガネムシの寄生プロセスでは様々なものが思い浮かびますが、2021年に神戸大学の佐藤氏ら研究グループよってその水辺誘導の謎が考察されました。
これによれば水辺から反射される水平偏光に彼らは誘引されているとのことです。
これは分野がまた違うので分かりにくいですが、解釈してみると空中に放たれている光と何かに反射した光では違う波長を持っているようです。
あくまでイメージとして言うならば、太陽光は反射していない時には虹でおなじみの複数の色を持ちますが、植物に反射すれば緑色に見えますよね。
これは一部の色が吸収され、不要な緑色が反射されるためです。
反射することで性質が変わるというのはおそらくそれと同じで、ハリガネムシはその反射した光の何かしらの波長を感知しているのでしょう。
話によれば水深によりこの偏光は変わるらしく、水深が深く暗いほどハリガネムシは選択的にそちらに飛び込んだそうです。大変興味深い話ですね。話に興味を持った人はこのプレスリリースは必見です。
ハリガネムシは水辺の栄養循環に大きく貢献する
面白い話があります。
同じく神戸大学の佐藤氏による研究では寄生されたカマドウマが飛び込むことで、秋のシーズンの水中のサケ科における栄養の9割を占めており、これは年間で相当すると栄養の6割近くを占めているという話です。
ご存じの通りカマドウマは便所コオロギの名で知られる不快害虫で、嫌いな方もかなり多い虫ですよね。
人間的な視点で見てしまえばいる意味あるのか?と思われるような虫も視点を高くして生態系という場所から見てみると、欠かすことのできない存在だということが分かります。
上記研究は渓流の事例ですが、ハリガネムシは街中の河川敷でも普通に見られます。
ということは寄生されたカマキリも同様に普通の河川敷に生息している小型の魚の栄養になっていることが推測できますよね。
更に広く視野を持ってみましょう。
同研究では水中に堆積した落ち葉などの有機物にも注目しており、曰く、カマドウマなどの陸からの昆虫が増えることで水生昆虫の捕食割合が低くなり、落ち葉などの分解スピードが変化するそうです。
掃除しない水槽にコケが生えるように、栄養の堆積は富栄養化をもたらします。
当然藻類やアオミドロなどの大量発生は酸欠をもたらす等悪影響を引き起こしてしまいますね。
(身近な例は赤潮など)
多少なりともその分解に貢献し、栄養を下流へ流してくれます。海産物などは知らずのうちにハリガネムシの恩恵を受けているのですね。(数値化はできませんが)
運命共同体
最終宿主に入ったハリガネムシは寄生主とともに運命を共にします。
彼らが鳥などに食べられれば共に死にますし、水辺にたどり着くまでに踏まれたり轢かれたりしても共に死にます。
この時期にはさまよい続けた末に潰されて死んだ2者の死骸をよく目にしますが、この複雑な寄生プロセスと生態系への貢献を知っていると何とも言えない気持ちになります。
カマキリ以外の寄生主
ハリガネムシはカマキリにだけ寄生すると思われていますが、食物連鎖を意識すればそうではないことが分かります。
前述の雑食性昆虫カマドウマやキリギリス、コオロギなどのバッタ類やトンボ類に寄生する事例も見られます。
ただ、どんな場所でもこれらの虫を利用するわけではありません。それはハリガネムシは水辺の昆虫であるという点ですね。
水辺がないような環境(都市部の街中など)では全く見られないような場所もあります。
ハリガネムシは人に寄生するのか?
最後に寄生虫で気になるのは人体に寄生するのかということですよね。
これは実験したわけではないのであくまで既存の情報からの答えですが、人に優先的に寄生することはないとされています。
ただ、川などにいる生き物なので、本当に偶然的に人に入ってしまう事例はあるようです。
哺乳動物に寄生するアニサキス類やサナダムシとは異なり、終宿主が昆虫であるため、寄生することができないようですね。
まとめ
カマキリとハリガネムシはその奇抜な生態からメディアでも目にする機会の多い生き物です。しかしそれらをつなぐ部分に目を向けられることは多くありません。
ハリガネムシは水と陸地をつなぐ役割をしており、渓流の魚類に限ればシーズン中では9割、一年中で見ても6割もの栄養がハリガネムシに由来しており、陸の栄養資源を水辺環境に移動する生物と捉えることもできます。
その誘導には水辺の光の反射は鍵となっており、選択的に深い水のある場所を選んでいることが分かりました。
これからの季節にカマキリとハリガネムシを目にしたならば、ぜひその裏にある自然のストーリーを読み取っていただきたいと思います。
参考文献 神戸大学 enhanced polarotaxis can explain water-entry behaviour of mantids infected with nematomorph parasites
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ハリガネムシも好きなハラビロカマキリの外来種が近年話題です。神奈川でも生息地拡大中。
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他のカマキリや配色について。色々なカマキリに色味を考えると、身近でも7タイプものカマキリがいます。