虫が来る夏の樹液、しかしなぜ出る?
夏の様々な虫を観察するのに必要となるのが樹液の見つけ方ですよね。
図鑑などを始め今ではそれらの情報を知ることは簡単です。
しかしせっかく自然のものについて学ぶならばそれらを取り巻く生き物の繋がりや環境にも興味を向けてみると面白いものです。
今回は聞かれてみると意外と知らない樹液がなぜ出るのか?を紹介します。理解しておけば樹液が見つけやすくもなりますよ。
そもそも樹液とは?
樹液って何でしょうか?意外と知らないですよね。
樹液とは植物の内部を流れている養分のことを指します。
昔理科で学んだ内容を絡めると、植物内部には水分を運搬する導管と養分を運搬する篩管があります。
その他にも人の細胞と同様に植物の体の内部には細胞があり、細胞内を通じてそれらの液体が内部を通っています。
細胞内の液体は人にたとえるならば血管のようなものを想像するといいかもしれません。体内を毛細血管がめぐっていますよね。
この液体には糖類やたんぱく質などのアミノ酸類などが含まれていることが分かっています。
液体に養分が含まれているので樹液にはかすかに甘みを始めとする味が含まれているのです。参考までに和製メープルシロップのイタヤカエデで糖度は1パーセント前後と言われています。
樹液自体はクヌギやコナラ程度のものではほとんど甘みは無く、量をとって煮詰めたりしないと甘みは感じられません。
しかしこれに酵母菌などがついて発酵することで糖度と共にアルコール発酵が起こり、虫たちは触覚を頼りに餌の場所を察知できるようになるのです。
樹液にやってくる昆虫はこれらの養分を目当てにやってきているということですね。しかしわざわざそんな貴重なものを外部に流すなんて植物さんは気が優しいのでしょうか?
樹液はなぜ出るのか?樹液と樹液が出る洞などを作る虫たち
樹液が流れる理由に関してはシンプルです。
前述の例で植物内部の液を血液と例えましたが、人はどんな時に血が出るでしょうか?
何もしなければ血が出ないのと同様に、植物も普通は樹液が出ません。
血が出る原因はもちろん怪我ですよね。樹液も植物が怪我をすることで流れるようになるのです。それを引き起こす生き物がいます。
植物の内部液には糖類やアミノ酸類が含まれています。そしてそれらを利用して構成される植物自体にも糖類やたんぱく質が含まれています。
それを目当てに植物内に入って栄養源とするのがカミキリムシやタマムシ、ボクトウガ(厳密には樹液を出してやってくる虫を食べる)やコウモリガの一部の蛾の仲間など樹木穿孔性(じゅもくせんこうせい)の昆虫たちです。
彼らは木の外側(主に樹皮やその隙間)から樹木内部に穴を空けることで傷を付けます。
これにより内部組織や栄養を運ぶ篩管などが傷つけられることで樹液が流出するようになります。
この際に穴があけられるといわゆるクワガタが好む洞が木の成長とともに形成され、内部で樹液が出つつ隠れ家ともなる場所が生まれます。
とはいえカミキリやボクトウガは樹皮を傷つけられるとはいえ限度はあり、木が大木になると樹皮が硬くなってしまったり、樹皮下の厚みが増してしまう影響で加害することが難しくなります。
つまり適度に細い木々が存在していることが加害には不可欠で、樹液が程よく出る雑木林は若い方がよく出ています。
その環境がかつての里山環境下であり、薪炭林として適度に萌芽更新として地際から木々を再生する昔の里山管理とマッチしていたと考えることができます。
今の雑木の木々というのは太く1本立ちしていますよね。
ぐにゃぐにゃに曲がりくねった通称「台場クヌギ」は平野部ではほとんど見られず、多摩丘陵や武蔵野丘陵など薪炭林の名残でわずかに見つかる程度です。
この環境の変化が穿孔性昆虫に影響を与え、樹液性昆虫の減少につながっているのではないかと仮説を立てています。
この仮説は近年起きたキクイムシという小型穿孔性昆虫の出現によって一時的に解消されたように思われます。
樹液が減ったと言われる理由
昔に比べカブトムシやクワガタの数が減ったという話は聞きますよね。
これは学術的根拠はありませんが、主に都市部などでカブクワ観察をしていると樹液の流出がボトルネックになっていたように感じます。
それを解消したのがキクイムシによるナラ枯れの登場です。これにより神奈川東京の緑があるところでは樹液性昆虫がたくさん出現しました。
つまりカブトクワガタの個体数はクヌギやコナラなどの本数ではなく、樹木に穴を空けるカミキリムシや蛾類と関りが深いのではないかというものです。
例として都市部ではもはや絶滅に近いレベルで見かけなくなったシロスジカミキリという大型カミキリがいます。
クヌギ、コナラ、クリなどの樹種に長期間穴を空けてくれる里山環境の代表種ですが、神奈川のレッドデータでは要注意種(2006年時点)に指定されています。
ですが、実態としては殆ど出会う機会はありませんでした。
また、ボクトウガは面状にえぐれた樹液酒場を作り出す存在として昔の図鑑などに掲載されていますが、いまやそんな面状の樹液なんて見つからないですよね。
私もなんやかんや10年近く平野部で採取していますが、ボクトウガ由来の樹液はほとんど見ません。
それくらいメジャーな樹液流出昆虫の減少を感じますし、それに伴いカブクワの個体数も連動するように減っているようでした。
この樹液ボトルネック説は木に大量に穴を開けるキクイムシによるナラ枯れの到来とともに一時的に解消されます。
近年増えた樹液の流出とその要因
2021年ごろから神奈川にナラ枯れを引き起こすキクイムシが侵入してくると、不足していた樹液の部分や発生木となる枯れ木が大量に供給されるようになり自体が一変します。
平野部を始めあらゆる場所でカブトクワガタが大発生しているのです。
よく知られるようにクワガタは朽木と樹液の両方が必要です。
仮説ではこのうち若木を好む穿孔性昆虫由来の樹液部分が不足しており、カブクワの成虫が生きていけない環境ができていたものと考えています。
放置されていた大木を好む穿孔性昆虫(キクイムシ)が出てきたことにより、カミキリなどの若木や衰弱した木を傷つける昆虫が利用できない大量の大木をクワガタなどが利用できる資源とすることで朽ち木などの発生木、樹液の不可欠な要素がクリアされ、平野部でのカブクワ大発生を引き起こしているように思われますね。
樹液が出る要因となる穿孔性昆虫にも若木~大木まで好むものがおり、自然の中ではうまくバランスを整えようとする力が働いているのかもしれません。
結果的にナラ枯れで大木が枯れることは次世代のクヌギコナラが育つ空間の確保にもつながり、若木が育てばカミキリやボクトウガなどの穿孔性昆虫が再び姿を見せるようになるのかもしれません。
ちなみに樹液を流す目的は傷をふさぐことです。新しい傷もどんどん癒えてしまうので毎年穿孔性昆虫が利用できる条件が整っているのが樹液流出には好ましいのですね。
だからこそ木々が大きくなるとますます樹液の出る場所は減ってしまうのです。
樹液の流出には大小それぞれを好む穿孔性昆虫の存在が不可欠だというのがわかりますね。
樹液を取り巻く環境というのはとても面白いのです。
今回は樹液をメインテーマにその周りの話をしてきましたが、自然のあらゆるものが今回の話のようにつながっています。
そこを仮説を立てながら読もうとするのがとても面白いので、夏に樹液周りで昆虫採集をする際にぜひ想像してみてください。
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(ブログ内カブクワ関連の殆どがこの記事より読めるようまとめました。情報収集にぜひどうぞ。)
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